鳥井が大学の授業で提出したレポート

鳥井が大学の授業で提出したレポートです。分野的には社会学・文化人類学あたりに分類されると思います。

ポスト経済成長時代における新卒一括採用システムと教育制度

0.序論

日本の労働システムはいわゆる「男性稼ぎ手モデル」を標準として設計されている.しかしバブル崩壊以降,男性稼ぎ手モデルはシステムとして成り立たなくなった.日本の労働者は主に,大卒ホワイトカラー労働者と高卒ブルーカラー労働者の2種類に分けられる1).高卒・大卒問わず,日本の労働者の労働市場参入に特徴的な点として新卒一括採用システムがあげられる.この新卒一括採用システムの歴史的文脈を考える.なおかつ新卒一括採用システムの歴史的なあり方を考えるうえで,新卒就職をゴールとして設計されている教育制度との関係性が重要であると考えた.なおかつ,P・ブルデューによる「文化的再生産」の議論を筆頭とする社会学・教育社会学の研究が明らかにしているように,教育制度は社会階層と強く結びついている.日本における社会階層論の研究と照らし合わせながら教育制度や労働システムとの関係を考察する.

 

1.新卒一括採用システムの成立

伊藤彰浩によれば,大卒者が「新卒」として「一括」で採用されるシステムが企業に生まれたのは両大戦間期であるという.これにともなって大学の側も就職あっせん機関としての自覚をもち,実際にあっせん機関として機能するようになっていった.しかしこの時点での採用システムは,帝国大学を筆頭とした高等教育機関の類型によって待遇に差がつけられており,現在のような「一律」採用システムではなかった.「一律」採用システムが生まれるきっかけとなったのは第二次世界大戦中における国家による賃金統制である.1940年公布の「会社経理統制令」に代表される賃金統制によって「基本給料月額」が定められ,昇給額にも「標準」が設定されることとなった.戦後GHQが,大学が就職あっせん業務を行っていることを問題視し,1947年の職業安定法により,国の許可制のもと審査を義務付けようとしたものの,東京大学事務局からの強い反発によって1949年に職業安定法は早くも改正されたというケースがあげられている.少なくともこの時代において「就職予備校」としての大学の役割は固定化していたことが伺われる.戦中期に官公庁や企業に見られる官僚型組織の基本的構造が出来上がったことが知られているが,大学と企業をつなぐ新卒「一律」一括採用システムも戦中期に作られたのである.また1953年前後からは私立大学においても就職課・部の設置,整備が進められたという(伊藤 2004).

高卒就職については,寺田盛紀の研究によると,大卒就職同様,1947年職業安定法により就職あっせんは厚生省の所管である職業安定所による独占的な業務にするとされた.しかし戦前,1921年の職業紹介法によって整備されていた高等小学校・小学校の職業紹介機能を基盤とすることにより1949年の改正を後押しした.これは当初は主に都市部における中卒労働者の就労で適用されたものであったが,高度経済成長期に高校進学率が上昇し,ブルーカラー労働が中卒者から高卒者に移行した以後は高卒者にも適用されることとなった(寺田 2004).このような経緯によって大卒就職同様,高卒就職においても教育機関が就職あっせんを行う仕組みが整備された(2.

戦前,戦中にできあがった新卒一括採用システムが戦後に整備され,普及し,現在まで続く就職機会において高等教育機関が特権的な役割を果たすシステムができあがったといえる2).ここでの興味深い特徴としては,戦後すぐに大卒・高卒ともに就職あっせんの権限を教育機関から国に移譲する趣旨の改革が行われるものの,2年という短い歳月の間で断念しているという点である.農地改革などを例に強権的な力を発揮した当時の政府をもってしても就職あっせんのシステムについては変えることができなかったという意味では,就職機会における政府による上からの改革の難しさを指摘することができる.

別の観点として,昇給額に標準があるいわゆる「年功序列」を含んだ新卒一括採用システムは「集団内の人間全員が同じペースで進む」という点で,戦後行われた平等主義的な大衆教育と親和性が高いものであったという見方もできる.平等教育の精神とともに人々に内面化され,労働環境において自明視されたこのシステムはあくまで所属集団内でのみ適用されるものあり,バブル崩壊以降はシステムから疎外された者との間の所得再配分を阻害する要因としてはたらいている.また「年功序列」は必然的に高齢であるほど高所得につながり,現在の年功序列の上位にある世代は人口ボーナスとそれに伴う経済成長に恵まれた団塊世代である.このような点から「年功序列」は世代間再配分を阻害する要因となっているともいえる.

 

2.日本的労働組織の性質と新卒一括採用システム

日本の新卒採用システムの特徴として,大卒ホワイトカラー労働者は新卒採用の際にいわゆる「偏差値序列」に基づく学部を問わない大学名による選別が行われてきたことがあげられる.これは企業が新卒者の業務能力の目安として大学入学時点での選別に意味を見出していることと,大学での専門課程と就職先での専門技能が一致しないことを意味する.加護野忠男ほかの調査によると,アメリカではホワイトカラー労働においても多くの業務がマニュアル化され,明確な労働訓練を目的とした専門課程が機能している.それに対して日本の労働組織はアメリカと比較したとき,基本的にはマニュアル化されないハイコンテクストな労働が多い.またその業務は組織独自のルールや暗黙知のもとで行われ,代替しにくいものである(加護野ほか 1985).また佐藤俊樹は,そのような労働組織においては,アメリカのような個別の業務に対応した専門課程は不可能であり,潜在能力を見込み,就職後に業務を身に着ける前提での新卒採用が行うのが合理的であることを述べている(佐藤 2010).そして入社後,長期にわたって所属するなかで,その組織独特の業務を覚えていくのである.

しかし終身雇用制を前提とする男性稼ぎ手モデルが崩壊した後は,これらの長期的かつ代替不可能な社内教育システムは成立しなくなった.そしてこの教育システムの特徴は,離職後の専門性の欠如として危機感をもって語られるようになった.実際,対象を中小企業に限った東京商工会議所による調査では,新卒者の採用にあたって重視するポイントに「協調性」が第一にあげられているのに対して,中途採用者の場合は「専門知識・技能」が第一にあげられている(東京商工会議所  2008).ここで留意しておきたいこととして,加護野らの調査は30年以上前のものであり,非正規労働の増加とグローバル化に伴い,全体としては業務のマニュアル化は進行していると推測する.そのうえで中途採用にまつわるデータとして前述の東京商工会議所による調査を参照すると,約9割の企業が「中途採用を行った」と回答し,約8割が「今後も中途採用を行う」と回答している.しかしながら中途採用を行った理由としては第一の理由である「欠員補充のため」が65.8%と,続く「事業拡張・新規事業のため」の18.6%を大きく引き離している(東京商工会議所 2008).岸本吉浩による調査では,新卒採用者:中途採用者の比率はおおよそ7:3であった(岸本 2016).これらのデータより現状においてもあくまで中途採用は新卒採用の補填的な役割であることがわかる.

 

3.雇用のミスマッチの顕在化

厚生労働省の統計によると1993年~1995年にかけて中卒・高卒・大卒すべてで3年以内離職率の上昇があり,そこから現在に至るまでほぼ一定の割合を示している(厚生労働省   2017).その要因を考える.前述のような長期的かつ代替不可能な社内教育を行うには労働者の組織に対する高い帰属意識が求められる.しかしバブル崩壊以降,企業の倒産やリストラが相次ぎ,先行きが不透明な雰囲気が社会に生まれた.それに伴ってリスクに対応できるような専門技能や専門資格の獲得が必要であるというような言説が増加した.そのような状況において労働者が会社組織への帰属意識を維持するのは困難となった.それに加え日本においては長期インターンなどの職業体験の制度が整っておらず,職業内容への適性が不明瞭な状態で入社せざるをえない.マニュアル化されていない業務を伝達するうえで上司や同僚との相性が重要な問題となるが,それについても入社するまでわからないまま新卒者は労働市場に参入する.これとは別の要因として「個性重視」の教育の普及が考えられる.1987年に文部科学省特別教育審議会の第四次答申の一つの指針として「個性重視の原則」が掲げられた(文部科学省 2018a).その方針によるいわゆる「ゆとり教育」のもとで,個性は尊重されるべきであり,個々人のやりたいことをするべきだ,という意識が共有された.そのうえで労働においても「やりたいことで働くべき」という労働観が普及した.そのような労働観をもつようになったことで,若年労働者において「この仕事は本当に自分のやりたいことなのか」というような再帰的な問いが生まれるようになった.このような複合的な状況のなかで雇用のミスマッチが顕在化するようになったと推測する.雇用のミスマッチは若年雇用者の早期離職を促進し,離職につながらない場合においても労働へのインセンティブの低下につながっていると考えられる.

 

4.日本における高等教育の負担増加

日本の教育システムの特徴として進学過程が進むにつれ教育費の支出が大きくなる点がある.大学教育課程においては,その費用は国立,私立問わず年々上昇し,2014年時点で国立大学においては年間535,800円(標準額),私立大学においては年間864,384円(平均額)が必要となる(文部科学省 2018b).OECDによる調査報告では加盟国35か国のなかで教育費の家庭負担割合が最も高い国の一つであり,一般政府総支出に占める公財政教育支出の割合についてもOECD 平均の約 11%に対して日本は約 8%と低い水準にある(OECD東京センター 2017).日本学生支援機構の調査によると,教育費上昇に伴って大学昼間部学生の貸与型奨学金の給付者割合は年々増加し,2008年以降は半数程度の学生が貸与型の奨学金を借りている状況が続いている(日本学生支援機構 2018).

このような重い負担をしてまで大学に行く理由とは何であろうか.その理由としては高卒者と大卒者の間における階層分断と親が大卒者であることによるその子供への階層相続の影響があげられる.川崎慎介が行った計算によると,大卒者と高卒者の平均生涯賃金の差は4600万円程度であるという(川崎 2017).また吉川徹の研究によると,高卒者と大卒者の間では,生活習慣や嗜好品などのいわゆるハビトゥスの差を含む,明確な階層分断が存在しているという.同研究での1995年のSSM調査をもとにした学歴の世代間関係の調査では,父高卒と本人高卒,父大卒と本人大卒の間に強い相関があることが示されている.これらの調査より,大卒者と高卒者の間に経済格差を含む明確な社会階層が存在しており,意識的,無意識的問わず親が大卒者であることは子供に大卒資格をとるような効果をもたらしているといえる(吉川 2006).そして前述のデータとともに言えることとしては,大卒資格をとることは高卒者と比較して「高い」階層である大卒者にとっても,多くの場合多大な負担となっているのである.

 

5.階層意識の低さと所得間再配分

苅谷剛彦によると,戦後から80年代にかけて平等主義的な大衆教育の普及によって日本全体に中流意識が生まれた(苅谷  1995).なおかつ原純輔・盛山和夫の研究では,日本の社会階層の特徴として階層の非一貫性があげられている(原・盛山 1999).基本的には学力選抜試験のみを評価基準とする受験システムは日本における階層の非一貫性を形作ってきたと推測する.この階層の非一貫性は明確な階層意識が生まれることを阻害し,中流意識をより強固なものにしたと考えられる.そのような意識のもと,2000年代において,「格差社会」が取りざたされるまで社会的弱者は不可視化され続けた.しかしながら,社会問題として認知された以後も,国家の再分配機能に基づいた新規対策はとくに行われなかった.この要因として,日本が,明確な社会階層が存在しない(とされている)がゆえにいわゆるノーブレス・オブリージュが意識されにくい社会であることが考えられる.それによって階層間再配分への合意や啓発がなされにくく,所得格差への対応が進まない要因となっていると思われる.前述の高卒者・大卒者の間の階層分断についても,そもそも一般に広く認知されているかどうかについては疑問である.

 

6.階層意識の低さと専門課程と職業の不一致

専門課程と職業が一致しなかったからこそ,階層の非一貫性は維持されたともいえる.森剛志・後藤励の統計によると,一般的に高収入かつ威信の高い職業である医師は世襲率が高いことが示されている(森,後藤 2012).医師は日本における専門課程と職業が対応する数少ない職業の一つであり,医学部という専門課程と完全対応する職業である.医師になるためには医学部の教育課程6年を修了したのち2年間の実習を行わなければならない.高額な教育費とともに,一度労働市場に参入したのち再び教育課程に入ることが想定されていない日本においては,8年間ものまとまった時間をとることは難しく,資金力とキャリア形成早期での進路決定が必要となる.このような点から専門課程と対応する職業は世襲によって明確な階層と結びつくことが推測される.橘木俊詔・参鍋篤司の計算によると年間所得1000万円以上の層においては世襲の効果が10%弱あり有意であるといえるが,全体としては世襲の効果はないという(橘木・参鍋 2016).多くの職業において専門課程と職業が一致しないことは,世襲による明確な階層の誕生を疎外する一因となっていると考えられる.

 

7.まとめ

新卒一括採用システムは大卒・高卒ともに戦前から戦中にかけて作られたものであり,戦後平等主義的教育との親和性や日本型労働組織における独自性の強い業務分担と相まって,戦後からバブル期にかけて労働市場に安定的に労働力を送り出す役目を果たした.バブル崩壊以降,新卒一括採用システムは正規労働から非正規労働への移動は容易でも,非正規労働から正規労働への移動が困難な社会を形成する要因となっている.また戦後平等主義的教育によって作られた中流意識により再分配に対する国民的な合意がなされにくい現状がある.近年,明確に形作られている高卒・大卒間の階層差についても問題意識の共有や行政による具体的な対応がなされているとも考えにくい.新卒採用システムと日本型労働組織,平等主義的教育,専門課程と職業の不一致,国民的な中流意識は相互に影響を及ぼしあい,複合的な関係にあるといえる.

 

[注]

1)本研究で大卒就職と高卒就職についての文献を参照するにあたり,大卒就職と比較して,高卒就職についての論考・研究は少なかった.

2)大学就職では高度経済成長期に大卒者が増加したことにより,大学が学生に就職あっせんをする「推薦制」から学生が大学に寄せられた求人票をもとに企業と接触する「自由応募制」に変化した.高度経済成長期以後も学生数は増加し,就職あっせん機関としての大学の役割は弱体化した(秋山,2004).90年代後半以降は,インターネットの普及により「RB on the net」(現リクナビ)に代表されるインターネットを介して各自が大学を経由せずに応募を行う仕組みが定着した.それに対して高卒就職では高校が直接就職あっせんをする「推薦制」が現在でも一般的である(寺田,2004).

 

[文献]

Hara Junsuke・Moriyama Kazuo,1999,『社会階層――豊かさの中の不平等』東京大学出版会

Ito Akihiro,2004,「大卒者の就職・採用メカニズム」寺田盛紀編『キャリア形成・就職メカニズムの国際比較――日独米中の学校から職業への移行過程』晃洋書房,58-82.

Kagono Tadao・Nonaka ikujiro・Sakakibara kiyonori・Okumura akihiro,1985,『日米企業の経営比較』日本経済新聞社.

Kariya Takahiko,1995,『大衆教育社会のゆくえ』中央公論社.

Kikkawa Toru,2006,『学歴と格差・不平等――成熟する日本型学歴社会』東京大学出版会.

Mori Takeshi・Goto Rei,2012,『日本のお医者さん研究』東洋経済新報社.

Tachibanaki Toshiaki・Sannabe Atushi,2016,『世襲格差社会中央公論社.

Terada Moriki,2004,「高校職業教育と職業・就業の関連構造」寺田盛紀編『キャリア形成・就職メカニズムの国際比較――日独米中の学校から職業への移行過程』晃洋書房,38-57.

Sato Toshiki,2010,『社会は情報化の夢を見る――[新世紀版]ノイマンの夢・近代の欲望』河出書房新社.

 

[文献](ウェブページ)

Kawasaki Shinsuke,2017,「「学歴なんて関係ない」の真実――生涯賃金これだけ違う」,NIKKEI STYLE,(2018年7月18日取得, https://style.nikkei.com/article/DGXMZO15805150X20C17A4000000?channel=DF080720160379&page=2 ).

Kishimoto Yoshihiro,2016,「中途採用比率&新卒採用比率ランキング――「CSR企業総覧」で読み解く有望企業<8>」,東洋経済ONLINE,(2018年7月21日取得, https://toyokeizai.net/articles/-/128214 ).

 

[オンラインデータベース](※オンラインデータベースについては2018年7月23日時点で社会学評論スタイルガイドの形式が定まっていないため,日本語五十音順および英語アルファベット順で記載する.)

厚生労働省,2017,「新規学卒就職者の学歴別就職後3年以内離職率の推移」,(2018年7月21日取得, https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11652000-Shokugyouanteikyokuhakenyukiroudoutaisakubu-Jakunenshakoyoutaisakushitsu/0000177563.pdf  ).

東京商工会議所,2008,「新卒者等採用動向調査について」,( 2018年7月21日取得, https://www.tokyo-cci.or.jp/file.jsp?id=4349 ).

日本学生支援機構,2018,「平成28年度学生基本調査」,(2018年7月18日取得, https://www.jasso.go.jp/about/statistics/gakusei_chosa/__icsFiles/afieldfile/2018/06/01/data16_all.pdf ).

文部科学省,2018a,「臨時教育審議会の答申」,(2018年7月18日取得, http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318297.htm ).

文部科学省,2018b,「国立大学と私立大学の授業料等の推移」,(2018年7月18日取得, http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kokuritu/005/gijiroku/attach/1386502.htm ).

リクルートキャリア,2018,『リクルートキャリアの歴史』, リクルートキャリア,( 2018年7月21日取得, https://www.recruitcareer.co.jp/company/development/ ).

OECD東京センター,2017,「カントリー・ノート――図表でみる教育2017年版」,(2018年7月21日取得, http://www.oecd.org/education/skills-beyond-school/EAG2017CN-Japan-Japanese.pdf ).